第92回支援者のつどい 【話題概要】
令和3年7月30日(金)、ZOOMによるオンライン形式にて「第92回支援者のつどい」を開催しました。話題となった概要を広く皆様にお伝えします。ご参加いただきました皆様、ありがとうございました。
<参加者>順不同
中間支援団体 2団体
被災地支援団体 1団体
米沢市社会福祉協議会
南陽市社会福祉協議会
長井市社会福祉協議会
天童市社会福祉協議会
山形市社会福祉協議会
酒田市社会福祉協議会
山形県社会福祉協議会
宮城県社会福祉協議会
仙台市社会福祉協議会
山形県復興・避難者支援室
福島県避難者支援課
参加者数:20名(14団体)/スタッフ3名 計23名
■第1部 情報提供
「広域避難者受入支援10年の軌跡 ~北海道・東北ブロックの取り組みから~」
提供者:一般社団法人 東北圏地域づくりコンソーシアム
事務局長 高田 篤氏
<団体の設立と活動内容>
・団体の設立は2008年。当初は、過疎化の進んだ中山間地帯の活性化、コミュニティーの再生モデル事業をしていた。
・震災後は被災地でのコミュニティー再生の支援が中心。11年目となるがまだ続いている。
・地域コミュニティー再生、住民主体のまちづくりの支援が大きな活動。
・震災直後から浪江町と共同のまちづくり事業をやることになった。
・他には、宮城県内のコミュニティー再生の支援、南三陸町の避難所、仮設、復興住宅のコミュニティー支援をしている。
・浪江町との連携事業として、広報なみえ「浪江のこころ通信」に浪江町から全国に避難者された方の声を掲載している。取材、原稿作成を手掛け、現在も継続している。
・浪江町復興支援員が全国10か所に配置され、役場の非常勤職員として、避難者の交流会、個別訪問、情報提供などの支援活動を行った。2012年夏より2017年度まで地元の支援団体と共に復興支援事業を行った。現在は浪江町の社会福祉協議会が復興支援を継続している。
・北海道~東北ブロックで広域避難者の支援団体にインタビューをし、10年間に渡る経緯や課題をまとめ、3月に冊子を発行した。希望者には郵送している。
・2017年から広域の支援団体に呼びかけをして、定期的に活動の情報交換、現地の視察を行った。楢葉、富岡、葛尾、大熊、双葉など主に福島の沿岸部を視察した。
<山形の避難者支援の特徴>
・山形県への避難者が全国で最多。2012年1月時点で約14,000人。県、社協による生活支援相談員事業が早くからスタートした。避難者個別の状況の把握、必要に応じた支援を長期にわたって展開できた。母子避難の母親への支援、子供への支援など民間支援団体の動きも早く、現在も継続している。
・山形県災害ボランティアネットワーク研究会が震災前から立ち上がっており、震災時の災害ボランティア支援本部の立ち上げが早かった。
・避難者支援団体、避難者当事者による団体、中間支援組織などの民間支援機関と協働による支援活動が展開されてきた。
<宮城の避難者支援の特徴>
・宮城県内への避難者は直後ではなく徐々に増えてきている。最新の数は2,720人(山形の約2倍)。復興庁と避難元のデータに差があり。自治体によって公表する避難者数に違いがある。つながりは残っているが、避難者ではないというようなケースがあるので、全体像の把握が難しい。
・宮城県内では、「どこから来て、誰がどこにいるのか」全体像が把握できていないため、個別対応や小規模・局地的な支援活動に限られている。
・福島から避難してきている人でみなし仮設住宅の供与を受けている人は2015年時点で1割程と少なく、供与を受けず、宮城県内で避難生活している人が多かった。
・3,4年でサロンが自立し、サロンへの支援は終了した。
・避難指示区域からの避難者が多い傾向にあり、方向性も決まっていなかったため、交流しようという雰囲気にならなかった。
・復興の方向性が見えてくると、避難先での新しいつながりづくりとしてサロン活動が再び始まった。
・2016年末に避難指示が解除され、広域避難者の支援事業は縮小していった。
・宮城県内での広域避難者の交流支援事業を2018年度からスタートした。
・住宅を確保し、元の町の復興で手一杯などの事情により、避難地元自治体からの生活支援が徐々に収束していった。
・一方、受入側自治体では、支援対象者の状況把握に地域差が大きい。どこに避難したかで受入側の理解が違っている。
・避難者が抱えるニーズ・課題の変化としては、最初の5年程は、住宅確保、支援制度など制度面の相談が多かった。現在は、個別の医療福祉、生活の課題、孤立の問題が複合化しており、受入側地域にかかる負荷が大きくなっている。
・震災モードの担い手と自治体との役割分担、平時の支援にどうつなげるかが今後の課題である。
<11年目を迎えての課題>
・避難者とふるさととのつながりをどう維持していくのか。
・旧知との再会・交流、避難先の住民とのつながりづくりをどう実現するか。
・どのように平時の地域福祉の枠組みに支援を括り付けていくのか。
・広域避難者もグループ化しているものを活用し、地域福祉の伴走の必要性を感じる。
【質疑応答】
Q:どれくらいの人が浪江に戻っているのか。
A:浪江の居住人口は1,672人(仕事関係者等含む)で、震災前からの浪江の人は1,100人くらいではないか。浪江、富岡は帰還人口が少ない。数字はあまり動かなくなってきている。福島、茨城、宮城など比較的近くに多くの人が住んでいる印象がある。
Q:宮城のみなし仮設が一割程度だと聞いたが、定住率はどのくらいか?
A:2014、2015年あたりは1割程度だったが、2017年頃には数パーセントに減少している。宮城は出入りが激しいが、最近では2,700人くらいで安定してきている。直後に避難し、そのままずっといる方は少ない。3、4年経ってから来ている人が多い。恒久住宅をもっている方がほとんどなので、一定期間は宮城に住むのではないか。
条件が戻ったら帰る方もかなりの割合でいる。家を解体しても土地、農地が残っている人が多いので、少なくとも5年、10年は住むと考えている人は多いようだ。名取、岩沼、亘理、山元の沿岸部に定着している人が多い。
【参加者の感想】
・当事者団体が主催するサロンや交流会は、同じ経験をした人同士で話す場があることで心が安らぐ。他の人には話せないようなことも話せる。
・事業が終わったとしても、当事者同士がつながっていれば何かあれば助け合える。
・継続する団体が伴走し、ある程度自主的な活動ができるようにするためには、地域の福祉グループへの移行が必要である。
・福島から宮城に避難している人の今後の支援をどのようにしていくかを検討している。
・山形と宮城の違いを大きく感じる。宮城県自体が被災地であり、広域避難者という視点を持ちにくかった。
・現在でも実態を把握しきれていないことにより、県内の行政、社協の関心が高まってこないことが要因なのではないか。
・住所が福島にあることで行政のサービスを受けにくくなっている方、コロナの関係などで孤立している方の認識を高めていく必要がある。
・コロナ禍でもあり、避難先での孤立があるので、つながりづくりが大切だと思った。宮城県の広域避難者支援について知ることができてよかった。









