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WEB管理者 さんの日記

 
2018
3月 28
(水)
10:15
第74回 支援者のつどい【話題概要】第1部・第2部
本文
第74回 支援者のつどい【話題概要】
平成30年1月24日(水)、山形市男女共同参画センター5Fを会場に、第74回 「支援者のつどい」を開催しました。話題となった概要を広く皆様にお伝えします。
ご参加頂きました皆様、ありがとうございました。

<参加者>
コミュニティ支援団体 3団体
中間支援団体 3団体
学習支援団体 1団体
カウンセリング団体 1団体
山形市社会福祉協議会
寒河江市社会福祉協議会
山形県社会福祉協議会
浪江町復興支援員宮城駐在
山形市避難者交流支援センター
山形市 総務部 防災対策課
山形県 復興・避難者支援室

参加者数:21名(15団体)  スタッフ:4名  計25名


■第1部 情報提供■

「福島県相双地域の”今“から考える、これからの地域のコミュニティ−支援」
提供者:NPO法人市民公益活動パートナーズ 

・福島県内で、県域を対象とした中間支援は2団体活動あり、昨年の4月には中間支援
は5団体になった。
・3月11日の翌日には福島第一原発の事故が起き、浜通りの方は中通りに、中通りの方は新潟県・山形県・宮城県へ避難をした。
・震災の2週間前には法人登記が終わっていたが、具体的な活動をしていなかったので、緊急事態にどんな支援をしたらよいのかわからなかった。
・阪神大震災の経験上、自治会の立ち上げや住民の繋がり作りが必要な事はわかっていたので、桑折町にある、浪江町住民の仮設住宅で交流の場「いつもの暮らしへ戻ろうプロジェクト」を立ち上げた。
・「おたがいさま新聞」は桑折町の情報だけでなくて、県北地域の話題に範囲が広がり、相双地域や県外の交流拠点などの情報に変化していった。
・震災当時宮城県・岩手県・福島県のフリーペーパーは30誌あったが、13年の8月には半分に減り、廃刊が進んだ。その中で、うぇるかむが94号まで続いているのは評価される。被災地からの発信よりは他県や首都圏からの発信が現在は多くなっている。
・2016年には仮設借上げ住宅の打ち切り期間が毎年伸びて、復興公営住宅はなかなかできず、不安が先にたつような時期もあった。仮設借上げ住宅で同じ町民でも居住区域の違い、仮設は集会所が使えるのに借上げは使えないなど、避難者の状況の違いが広がった。
・賠償金の問題や、3世帯同居の家庭では親子の分裂が起こり自宅再建も家族では難しい。避難元、避難先で購入した家を2軒所有している人もいて、住む場所が決まらないと今後の方向性が見えない。
・新しい転居先での自治会と住民の壁もある。元々住んでいる方達との壁は高く、賠償金や避難の状況など個人の事情があまりにも違いすぎるため、支援団体としての先の方針が見えず、地域コミュニティの見直しをするためにいつも互いに話をしている。
・2017年4月に取材した方が「今までは、故郷には帰れないと言えたが、故郷が解除になり選択肢は、戻るか戻らないのかいずれかになった。」と話していた。
・いろいろな事例があり、浜通りに家を建てたので、故郷には戻らずに当分住むことになった方、相双地域の復興住宅に転居したが、故郷の家は除染も終わり、復興住宅と自宅の二重生活が続いている方などさまざまなケースがある。
・いわき市に交流の拠点があり、避難をしてきた人と元々の住人との交流をはかっている。
・生活支援相談員と町の企業や店をつなぐ活動をしなくてはならない。
・地域の自治会とつながり、その後は復興公営住宅の自治会と住民をつないでいく。まずは、団地住民の意識を変えなくてはてはならない。復興公営住宅は終の棲家ではなく、いつか故郷に帰る。
・自治会の役員をされた方が今は高齢になっていて、今さらつなぎ役になる人は少ない。
・近隣住民はどんな人がいつまで住むかわからない漠然とした不安がある。団地の規模も大きく、100人〜300人が住んでいて、近隣のお付き合いが重くのしかかってくる。
・積極的な自治会と消極的な自治会との差ができ、住民たちの暮らしの差も出てくる。福島市は自治会の役員は高齢で、若い世代は地域の事には無関心。周りの自治会をサポートする状態ではなく、時間とコーディネーターがいないと解決できない。
・今取り組んでいる事業は「いどばたボトムプログラム事業」で復興公営住宅自治会と立地自治会・住民をつなぐプログラムをしている。
・福島県の復興と地域再生を担う地域活動団体のデータベースを作っている。
・8月から認定NPO法人のサミットを開催し、NPOの寿命、健全な経営ができる組織の期間などを話題にする。11月、2月に情報交換会を開催する。
・「おたがいさま新聞」の復興支援ステーションニュースで、地域の自治会支援団体を紹介している。


<質疑応答>
Q「いどばたボトムプロジェクト」の詳しい内容を教えてほしい。
A復興公営住宅の自治会の役員と、立地自治会の役員を中心にニーズが合っているのか、話合いをしてもらう。少しずつ各地でやることで効果が出るのではないか。

Q「いどばたボトムプロジェクト」は何か所で開催しているのか。
A福島市・桑折町・南相馬市の3ヶ所。南相馬市は状況が違う避難者が多く、難しい。

Q昨年の秋にボランティアで陸前高田市に行ったが、災害復興住宅は小さい集落のような状態で、元々いた住人や地元の人との交流は必要ないのではないかと感じる。
A津波で崩壊した所が造成地になる場合はよいが、県と市が所有していた土地に団地を建設しているので、ゴミ出しや買い物など顔をあわせる機会は多い。元々の住民も見知らぬ人が来て不安があり、できれば早い時期から顔見知りになっていた方が溶け込みやすい。溝は深くなると修復不可能になってしまう。

Q比較的人口の少ない所では、災害住宅は福島県の方がまとまりやすい。拠点地域を作り大きな町を作る方がいいのではないか。
A津波災害で家を無くした方と、原発被害で家を離れた方では差が大きい。津波災害は転居するしかなく、集団移転になればここは終の棲家になるが、原発被害の場合は家や土地があり一時的に離れる場合は仮暮らしになると思う。今まで出会った原発被害者は避難先で一生と決めた方はいない。

Q地域住民と公営住宅住民との壁があるが、それ以外の壁はあるのか。
A 複数町村の人が復興住宅に入居していて、新しいお付き合いをはじめるのは大変である。個々の事情の違いがあると、話もうまくいかなくなる。

Q交流会やイベントはどのように開催するのか。
A仮設住宅の場合はすぐに集会所で交流会ができたが、復興公営住宅は委託されている復興支援団体を通さないと交渉ができなくなったため、イベントは少なくなった。自治会の半分は実質機能していない。地域のお祭りには実際はあまり参加する人はいない。






■第2部  活動報告、現状や課題の共有■

<活動報告>
・12月開催の「まちの保健室音楽セラピー」では、童謡やクリスマスソングを歌い過ごした。
・個別訪問と交流会の企画と「いこい通信」を発行している。
・山形県は雪がなければとてもいい所である。広域交流会で山形県でも生け花交流会を開催した。
・浪江町の祭り「十日市」が久しぶりに開催した。2日間で1万人くらいが参加し盛り上がった。
・常設の浪江仙台駅前サロンを開設した。毎回12〜13名の参加で盛り上がっている。
・浪江町復興支援員のサポートをしていて、浪江仙台駅前サロンは事務所の隣の交流スペースで開催している。避難者から、気軽に行けるところがほしいと要望があり設置した。
・絵手紙教室は町民が自主的に講師になっていて、2回開催し大好評であった。自分達で場を作り企画する事も大事にしたい。
・母子避難者の雪かき支援などをしている。
・今年は帰還者をむかえて、畑の摘み取り体験などをした。来年もこの事業はある。
・郡山市や南相馬市からの交流会参加者を迎えている。
・団体でいわき市に行った。帰宅困難地域を初めて見た人もいた。
・11月から287世帯訪問した。不在やアポが取れない人が多い。
・311の復興祈念事業に向けて置賜管内で準備が進められている。
・お茶会には保育団体の子ども達も10人ほど参加した。
・中間支援ではNPOの不祥事の事例をだしながら、NPOの運営や監事の仕事はなにか学ぶ場を設けている。
・ポーセラーツ作りは、完成した時の達成感や、ストレス発散などで大好評であった。
・寺子屋こども大学は、避難者への学習支援と市内の子どもたちに学習支援を毎月1回4年間続けている。
・「楽しい音楽教室」「書道教室」は年に2回開催している。理科教室、武道も大人気である。手裏剣や剣道などで何が危険なのか知っておく必要がある。
・交流センターの運営と月2回のおたよりを発行している。
・山形市では避難者にも成人式の案内を送り、成人式終了後に交流センターにきた人もいた。
・12月16日定住を決めた避難者5名が意見交換会をした。同じ境遇の方が帰還して話をする場がなく、交流の場を設けてほしい、避難者登録を外しても避難元の情報がくる体制を今後作ってほしいなどの話がでた。
・避難者の全戸訪問は、10月から各自治体の相談員や担当者が実地した。
・3月11日の復興祈念事業の実行委員会をした。
・生活支援相談員を9市町村に配置し、訪問や地域での交流会などを実施している。9市町村以外には、復興支援員が避難者に訪問して話を聞いている。個別的な支援ができれば専門機関につないで対応する。
・1月16日に復興支援員の研修会が東京であった。全国では専門的な機関が支援にあたっている。他の地域では、避難者が支援者の場合もあり、さまざまなパターンがある。
・以前は山形県の避難者数は多かったが、なぜ減ったのか質問された。
・冬休みに小学生の居場所事業をした。学童に行っていない子どもが対象で、2〜5人が参加した。山形市内で親が送迎できない家庭にはタクシーで送迎をしたら、夏休み利用できなかった子どもが参加できるようになった。子どもが持参した昼食を見ながら、お母さんとの関係に気が付くこともできた。春休みも行う。新1年生の受け入れも可能。



<現状・課題>
・毎月の福島の相談窓口、ふくしま就職相談窓口はここ数回誰も相談に来ていない。
・桑折町の団地は仮設住宅だったが、半分は取り壊されて周りに住宅ができ、住民は目まぐるしく変わった。
・北海道・宮城県・青森県・岩手県・山形県・秋田県の浪江町の避難者1,200名を担当している。山形の避難者は現在148名。山形県から宮城県・南相馬市・いわき市・福島市などに移った方もいる。
・浪江町は3月で避難指示が解除になったが、面積の8割はまだ帰宅困難地域になっていて、現在浪江町に戻っているのは440〜450名くらいで、半分は役場の職員と家族。買い物など生活するにはまだ復興していない。
・宮城県内には福島県からの避難者が860名ほどおり、茨城県、栃木県も増えている。少しでも福島県に近いところに避難する方が多い。交流会は宮城県が中心になっている。
・いわき市には浪江町の避難者3,000人がいる。
・定住を希望している人が物件を探していて、情報も提供しているが、家賃の兼ね合いがつかず決まらないのが現状である。補助をもらってない方はできるだけ早く定住したいと考えている。
・原発被害と津波被害の支援では、それぞれに合う対応をしていかなくてはならない。
・周囲の人に聞くと、住宅・医療・教育問題の3つが不十分であるとの回答が多い。政治は住宅問題を政策としてやる必要がある。
・1月の受け入れ数は2,198人800世帯。福島県の避難者1,999名・宮城県172名・岩手県11名・その他9名になっている。受け入れ市町村は山形市が一番多く次に米沢市、天童市が続き村山・置賜地域に86%が避難している。
・12月までの状況は795世帯の7割の540世帯は訪問を完了。すでに撤去している方が20名いた。こどもの進学、夫の定年退職などで帰る世帯や、高齢者だけが帰り、若い世帯が残るなど状況はさまざまである。家賃補助終了に伴い生活が苦しい世帯、健康面や今後の不安を抱えている世帯が多い。仕事をしている人が増え、子どもの成長に伴いお金もかかるようになるので、仕事が休めない方もいた。
・避難者扱いされたくない人、山形で子どもが産まれ生活が定着しており帰還する気持ちがなくなる人など、大半は元気で落ち着いてきた印象を受けた。
・宮城県も借り上げ終了で帰還などの動きがでている。


<イベント告知関係>
・「まちの保健室」は2月23日に、2月10日は「バルーンアート」を開催。24日は福島県の現状などを聞く。
・2月10日相馬市のはまなす館、24日に南相馬市の「ひばり障害学習センター」でポケモンの映画を無料で上映する。この事業は今年度で終了するが、映画を通して支援活動は続けていきたい。
・28日に有機栽培の農家で秘伝豆を使い有機味噌と田楽を作る。
・2月4日の楽しい茶道教室で、お茶についての作法を通して心通わせる大切さを伝える。
・大石田町と連携し最上川をボートで舟下りをする。西川町とネイチャーセンターから協力してもらい、月山トレッキングやブナ林ツアーを開催した。学校では味わえない経験を地域と連携しながら開催していく。
・2月9日に、「小学生の入学準備の話とお料理サロン」を開催する。学童の事や、小学校での生活がよくわからないとの声があがり企画した。
・2月17日に寒河江で「雪遊び」をする。雪遊び後、昼食をとり温泉に入って解散の予定。
・2月22日に「マクロビ講座」を開催。話を聞きながら食べ物について学ぶ会で、敏感な方、アレルギーの方におすすめの講座である。3月6日火曜日は米沢市で開催する。
・3月4日に「がんばれ餅つき大会」を開催する。
・1月18日南相馬市、25日名取市、26日いわき市、30日東松島市、31日伊達市で「昭和歌謡」と「こころの防災講座」をする。
・災害用の非常食料の試供品を持参した。


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