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WEB管理者 さんの日記

 
2018
1月 22
(月)
10:39
第73回支援者のつどい【話題概要】第1部・第2部
本文
平成29年11月29日(水)、南陽市えくぼプラザを会場に、第73回 「支援者のつどい」を開催しました。話題となった概要を広く皆様にお伝えします。
ご参加頂きました皆様、ありがとうございました。

<参加者>
子育て支援団体 1
学習支援団体 1
保養団体 1
食糧支援団体 1
助成団体 1
中間支援団体 3
米沢市社会福祉協議会
山形市社会福祉協議会
長井市社会福祉協議会
寒河江市社会福祉協議会
南陽市社会福祉協議会
高畠町社会福祉協議会
山形県社会福祉協議会
長井市
山形県置賜総合支庁
山形県復興・避難者支援室
参加者数:22名(18団体)  スタッフ:3名  計25名


■第1部支援活動に関する情報提供
「避難生活から定住、起業までの道のり〜次の世界へ向けて〜」」
ゲスト 学習塾経営・長井市移住定住コンシェルジュ(いわき市出身)

<原発事故から避難にいたるまで>
・2011年3月14日に長井市に避難した。
・震災時は仕事で千葉県浦安市にいた。千葉県も揺れがひどく大混乱で、いわき市まで17時間かけて自宅に戻った。車のラジオで原子力発電所が爆発し、電力が喪失したと聞きすぐに状況はつかめたが、一緒に車に乗っていた人は家族や友人の心配ばかりで、深刻さに気が付かなかった。
・3月12日に原発から50km離れている実家に向かったが、ここもダメだと思い、3歳と1歳の子どもと妻で14日に兄が住む長井市避難した。
・義父母も避難に理解があった。
・兄から「栗子トンネルを越えると天気も環境も違うから大丈夫。」と言われ安心した。
・12日の1号機に続き、14日に3号機、15日には4号機も爆発した。
・汚染地図マップで見る限り山形は汚染されていない。避難中は避難で向かっている先が正しいのか不安だった。
・1日早く避難してよかったが、15日に義父母を迎えに行った時、子どもを連れて行った事を後悔した時期があった。
・今の福島の状況を聞かれる事は多いが、3月14日から長井市にいるのでよくわからない。
・長井市に避難して感じた事は、責任を追及するだけではなく、自分達で出来る事をして自分たちが変わっていく事が大切である。
・長井市では震災前とちがう気持ちになって暮らしたいと思った。


<原発事故について>
・1986年にチェルノブイリの事故があり、大学の時に興味があり勉強をしていた。チェルノブイリは一機爆発しただけでかなり汚染された。
・福島で世界史上にない環境汚染を起こし、その後は国民一丸となって収束していくか、放射線被害を最小限に食い止めていくものだと思っていたが、実際は違った。
・チェルノブイリの事故の時に、核は怖くて恐ろしいものだと思った。
・中学生の時にアメリカの原子力事故「スリーマイル」が起こった。
・1988年人と人とのつながりや動物を大切にしてアメリカ大陸で暮らしているインディアンに興味を持った。インディアンは文字を持たない。ホピの予言は言い伝えである。
・広島と長崎の原子爆弾は、数千年前から子どもたちに伝えられていた。ホピが暮らしていた場所で、広島に落とされたウランが採掘された。絶対に掘り返してはいけないと言われていた。
・1988年に長野県でホピに会い大学で話してほしいと頼んだ。ホピの予言はドキュメンタリー映画になっている。
・ホピの長老トマス・バニヤッカ氏が国連で演説をし、これ以降ホピの予言が世界の注目を集め始めた。
・約100年前に描かれた岩絵には2つの道が記されており、片方の道は物を次々手に入れる生活、もう一方の道は質素に命を尊重しながら暮らしていく社会。


<長井での生活とこれから>
・今までの暮らしをシフトさせる為に長井市はすばらしい場である。生活は大変だが納得して生活をしている。大学卒業後サラリーマンや塾講師として働いていたが、社会に染まってしまうのがしんどかった。素直にここで暮らすことがこれからの暮らしで必要な事だ。
・日本ではたくさんの食べ物を捨てているため、レインボープランの取組みに興味を持った。食料はすべて生き物だとレインボープランの創設者から教えられた。土は何万年も生きてきた物が死骸になり土になった。種を植えたら新しい生命が育つのはすごい事だ。
・経済を優先させるよりも命を優先させてほしい。
・地球の環境が悪くなり、動物たちや森が消え、人の争いが増えた時に、東から人々に喜びを広める人がやってくる話を、本で読んだ。自分もそんな人間になりたい。
・福島県にある東京電力では、電力は東京で使用していて、事故は福島で起きた。原発をなくしたいと思う。
・レインボープランは地元の野菜を地元で買えるようにした。
・人間は父母が育てた後、みんな大都市に行ってしまう。長井市では人が戻り地方の良さを築き、人間らしく暮らせるような取り組みをしている。今後も関わっていきたい。
・塾の子どもたちとは、勉強だけではなく自然体験や音楽で幅広く関わっていきたい。
・長井市の仲間と起業をしたい。
・都会の人が山形の自然に触れるようにしていきたい。

<質疑応答>
Q移住コンシェルジュや長井市の移住の取組みはどうか。
Aきっかけは市民農場で農業をしていて作った野菜を被災地に届けていた。
・野菜を関東地方に送ったら「おいしかったので、栽培現場を見たい」と訪ねてきた青年がいた。塾をやるならぜひ手伝いたいと長井市に来て、彼と今も一緒に仕事をしている。
・移住定住を考えている人に長井市を紹介している。1件ほど依頼が来て自分が感じている長井市を伝えた。

Q避難者の自主的ネットワークの立ち上げについて、準備をしているのか。
A社協さんから話をもらった。自分は避難者です、とはいつまでも言ってはいられない。みんなで何かを一緒にする事でいろんな取組みができる。



■第2部 情報交換・共有
<活動報告>
・12月2日においででクリスマス会をする。毎年余興をして参加者も喜んでいる。
・Teamおきたまは、曹洞宗のお坊さんで会員は30名、米沢市・南陽市・白鷹町・小国町・川西町で活動している。3.11の供養や、石巻市の小学校にも炊き出しに行っている。
・毎週万世コミセンでお茶会を6年間続けている。
・11月中旬から米の配布をしている。借上げ終了で困っている人や、元気で周りと関わりをもって生活している方もいる。
・住民票を移さない方や一戸建てを購入した方で帰る人もいる。
・お米配布は終了した。訪問希望を聞くと断る人が多くなった。
・訪問が必要な人・不要な人は半々。民賃補助を申請していた方がようやくもらえたが、その間に生活が困っていた人もいた。家賃補助をたよりにしている人もいるので気配りしながら支援をしていく。
・「福島米沢交流事業」で毎月食事会や健康の勉強会、住まいの問題や、起業、帰還の手伝いもしている。
・12月1日の福島交流事業は、福島へ帰還した方や福島県在住の方、山形に避難している方の交流事業を開催する。
・健康に気を配り酵素玄米を避難者に提供したいと思っている。福島の方には放射能にも気を配っている。
・移住交流の担当。東京で移住セミナーを11月4日に開催し、今日のゲストに講演をしてもらった。大変な部分もきちんと伝えながらも移住につなげたい。ツアーは好評で置賜地域の申込が一番多い。自然に魅力を感じて来てくれる人が多い。
・ジャパンプラットフォームは資金を提供している助成団体で、岩手県・宮城県・福島県の3県に常駐のスタッフがいる。
・震災後に「ままカフェサロン」を山形で月1,2回と米沢で1回開催しているが、年々ニーズも変わってきており目的や参加者との関わりも変わってきている。普段は仕事をしているお母さんのために土日に企画したが、忙しく参加できない人は多い。参加できない事は、地域になじんでいる証拠なので見守っている。
・宮城県では転居できない方のために転居支援センターを設置している。転居の支援や生活設計を立ててくれる支援も石巻市にある。大船渡や岩手県でも災害公営住宅が今年度中にできる予定なので、応急仮設住宅から転居できない人に対応していく。
・2012年5月から行っている週末保養「森の休日」では、福島の家族が朝日自然観で子どもは遊び、大人はリフレッシュしている。通算65回の開催になる。
・助成金はもらわず一般の方からの募金でまかなってきた。以前は、東松島市や陸前高田市で物資を提供していたが、最近はあまり行っていない。
・募金は減っているが、6年続けたのはすごいと思う。毎年3月に大阪から寄付してくれる人がいる。
・保養の参加者は福島市、郡山市・伊達市・いわき市から参加している。最近は福島県に帰った方や、震災後に産まれた子どもも増えた。子ども達は川遊びが一番喜ぶ。
・避難者18世帯のうち5世帯が持家である。
・イベントは10月に陶芸教室、11月には珈琲教室をした。
・11月上旬に避難者へ野菜を届けに南相馬市にいった。野菜を配りながら様子を確認した。病気の人もいたが喜んでいて涙ながらに話をした。
・保養に参加した方が、白鷹などの産直で野菜を買って帰るが、午後はあまり品数がない。福島から高速に乗り、米沢市で野菜を購入している人がいる。高速道路のおかげで地域の活性化につながると思う。
・11月9日で山形県内の避難者の人数は2,238名。
・今後の暮らし相談会は、11日に米沢市は14名の参加で15件の相談。12日の山形市は、27名参加で26件の相談があった。住まい、法律関係の相談が多く、交流コーナーでは子ども連れが多かった。
・787世帯の避難者への訪問は、10月末から相談員や市町村の職員で訪問する。
・新潟県の広域避難支援研修会があった。参加者は新潟県内の市町村と支援団体で、避難者支援の取り組みを5団体から聞いた。
・長岡市では避難者が補助金をもらっていると、非難する声があがっているので、避難者が声を出せずにいる事が課題になっている。
・柏崎市では支援者の会を開き、協力や連携に結びついている。
・復興庁の広域避難事業のコーディネートをしている
・JPFの助成金のモニタリングや情報収集を行っていて、各地域に担当者を配置して地域の人と結びつきニーズを把握する。
・復興庁は、相双地域で行政とNPOの連携を強化したいと考えている。
・地域のコミュニティ作りをしてシンポジウムを考えている。
・「ハッピースマイル」の参加人数は減ったが、6年間継続できた。
・浪江町の請戸・中浜・慰霊塔・復興住宅・学校・子ども園・集合住宅などを視察した。雇用促進住宅が集合住宅になった。
・中学校は工事中で、来年の4月からは小中一貫の開校をめざしている。認定こども園は7月に完成。
・相談件数が増えた。生活の変化で異動があり、家を購入する人や住み替え、帰還などで民賃の問い合わせがきている。匿名が多く、冬になり気持ちが不安定なのかと思う。民賃は変更がわかりにくい。福島県に確認しながらわかりやすい手引きを作っている。
・第3回目の生活支援調整会議を開催した。4回目は2月に予定。


<課 題>
・避難の長期化で訪問に行っても会えない事が多い。補助金もなくなり生活資金が大変な方もいる。相談にのり関係機関につないでいく。問題は多様化していて健康面の相談もある。
・家賃の発生で困っている人がいた。収入が減るので仕事は休めず、子どもも成長してお金もかかり大変になっている。
・宮城県からの避難者も一定数いるが、戸別訪問はしていない。
・宮城県の応急仮設住宅は、特別な理由以外は住むことはできない。
・岩手県や宮城県は生活支援員の財源が切れるので、住民の情報を通常の地域作りにどう活かすのか課題になっている。
・保養は学生のボランテイアサポートに支えてられ活動をしたが、ボランティアが一定せずに厨房スタッフが増えない。
・民賃補助の対象外で家計を圧迫していて、今後どうするか悩んでいる世帯がある。住宅には避難者優遇がないので厳しい。
・母子避難世帯では就労を始めた為に、子どもの食事ができていない家庭がある。生活の安定が自立なので、就労だけが自立には結びつかないと考えている。
・6年も夫と離れているのが不安になった人もいた。子どもの為に別々に生活しているが、このままでいいのか葛藤がある。
・夫が福島県から山形県に来た。家族で過ごせるのはいいが、賃金が安いという声もあった。
・高畠町に家を購入しても住民票を移していない人もいて、それぞれ考え方が違う。
・お米の配布時の調査票で訪問の継続確認をしているが、直接聞くと断られそうで聞いていない。
・相談員がいない市町村の避難者に訪問に行っている。借上げに住んでいる人は今後どのようにしていくのか聞いているが、仕事の人が多く会えない。
・上山市や東根市では、集う場所がない子育て世代が多い。社協で開催しているサロン情報を提供していきたい。


<告 知>
・引越しの手伝いなどもするので連絡をもらえば活動をする。
・一昨年からパンを提供してもらい配布している。配布していない地域もあるので希望があれば対応したい。
・助成金の以前の申請は年4回だったが、来年度は2回になった。今年度は不規則で助成は3回。申請団体がいれば告知してほしい。
・宮城県社協やサポートセンター支援事務所など多くの団体がつながっているので、繋がりたい人は連絡をしてほしい。
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