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WEB管理者 さんの日記

 
2017
8月 16
(水)
15:37
第68回支援者のつどい【話題概要】第1部
本文
平成29年6月28日(水)、山形市男女共同参画センターを会場に、第68回 「支援者のつどい」を開催しました。話題となった概要を広く皆様にお伝えします。
ご参加頂きました皆様、ありがとうございました。
なお、内容が多いため、【第1部】と【第2部】に分けて掲載しています。

<参加者>
個人 1
子育て団体 1
助成団体 1
中間支援団体 2
山形市社会福祉協議会
山形県社会福祉協議会
山形市避難者交流支援センター
米沢市避難者支援センターおいで
山形市 総務部 防災対策課
山形県 復興・避難者支援室
福島県避難者支援課
参加者数:16名(14団体)  スタッフ:4名  計20名

■ 第1部 支援者活動に関する情報提供
避難者支援センターおいで「避難者に寄り添った6年間 〜おいでの支援活動を振り返る〜」


Q震災後の状況は?
・南相馬市から家族全員で米沢市へ避難して7年目。当時は12,000人ほどの避難者を山形県で受け入れをしてもらい感謝している。

・南相馬市小高生まれ、高校卒業後、電気会社に就職、その後は実家の花屋になり震災に遭った。

・3・11の日はお通夜が1件入っていた。自分は津波がきて葬祭会館に閉じ込められ、夕方に脱出したが、向かいの建物の買い物客は、まともに津波に遭遇して亡くなった。津波は常磐線の線路で止まっていた。翌日、原発が危ないと情報が入り中学校の体育館に避難。20キロ圏内は危ないと言われていたが、その場所は直線で16キロしかなかった。次に飯館村に避難し翌日は川俣に行ったが、すでに大勢の避難者がいた。NPOから1軒屋を紹介されたがすでに避難者がいて、翌日も避難者が増えたので14日に妻の母親の所へ行った。15日に原発が爆発、妹の知り合いの米沢出身の方に誘われて16日に米沢に行った。

・米沢ではすぐにアパートに入ることができたが、雇用促進住宅を300戸開放すると聞き、両親・妹家族・自分達の3世帯が入居した。

・仕事をするためスポーツ店と米沢市役所に履歴書を送り、米沢市役所から採用通知がきた。


Qおいでの開所について
・おいでは平成23年6月6日にスタートした。当時の場所は「万世コミュニティーセンター」だった。4名体制で6日間で事務所の体制を整え開所した。

・6月6日から翌年3月31日まで万世コミュニティーセンター小ホールを使用した。

・当時は温泉旅館やビジネスホテルが避難所になっていた。

・おいでではHPを立ち上げ、避難所や雇用促進住宅で避難者登録はしているか確認をする任務が与えられた。

・南相馬市から職員が2名、看護師が4名で合計10名で勤務していた。25年から現在の文化センターに移転し、当時は米沢市の2名と「おいで」の4名で活動。24年は総勢7名で活動していた。現在は5名体制で外部の支援者はいない。


Q最初はどんな問い合わせが多かったか?
・最初はマスコミの対応が多く、土日も開所していた。借上げ住宅への入居に関する問い合わせが多かった。

・子どもの遊び場の問い合わせも多く、2年目になるとADRや賠償問題・借り上げ住宅の延長や住み替えの問い合わせが増えた。山形県は診断書・大家の都合・命に係わる理由の場合は住み替えを認めていた。

・日常生活の悩みは専門機関に繋いだ。制度の改正が起こるたびに質問は多くなった。

・万世地区に雇用促進住宅が3ヶ所あり、福島県からの避難者が多く住んでいたため、「おいで」の本拠地を万世においた。

・「きっさ万世」は5月末から始まり、現在も続いている。避難者支援をしたいと団体から話が来れば「きっさ万世」に行くことをすすめた。支援に共感をした団体が何か力になれないかと感じ、それぞれ団体がコーヒーの準備、写真撮影、託児などを協力している。

・水曜日は「きっさ万世」、木曜日は「ままカフェ」、火曜日は「ももりん」と毎週火・水・木はどこかで交流会をやっていた。

・他にも押し花と絵手紙を月1回木曜日に。高齢者向けの集まりを月1回金曜日に開催している。今は月曜日以外はいずれかの交流会を開催している。

・「おいで」の事業で続いているのはクリスマス会。23年の初回は4世帯のみの参加。その後は開催のたびに参加者は増えていき昨年は180名集まった。出し物や懇親会を支援団体が自主的に協力してくれる。福島に帰った人も何組か参加した。


Qスタッフ対応など、気をつけている事は?
・来所者に明るく接することを心掛けた。来所者がいない時はストレスをためないために好きな事をしていいが、来所者がきたら切り替えてきちんと対応をする。自分達が健康で元気でなければ相談者の対応はできない。

・避難には関係なく問題があったのではと思う時もある。自分で答えを持っている人や、毎回相談内容が違うとこちらが負担になってしまう。

・ここ3年くらいの相談内容は重くなってきている。制度が変われば勉強しないと相談者に答えられない。


Q支援の収束に向けてはどうか?
・「阪神淡路大震災」は今でもお茶会が続いている。

・現在米沢の避難者も450名ほど。福島県は復興計画で平成32年には避難者ゼロを目標にしている。国は安全と帰還ばかりが先行し、支援の打ち切りが多い。

・支援は今以上に大きな問題を抱え、複雑になり重くなる時期になっている。

・民賃補助の対象者は今のまま住み続ける人がほとんど。社協の生活資金の検討や銀行や震災に特化した支援などが必要になってくる。

・山形県にも情報提供し対応を検討してもらう。

・米沢市の市営住宅は1件しか入居しなかったが、米沢市に交渉し随時入居したい人がいれば受付してくれる事になった。
・引越し費用のような支援は今後必要になる。支援の収束はしばらくはない。


<質疑応答>
Q南相馬からの避難者が米沢市に多い理由はあるか。
A知り合いつながりが多いのではないか。福島の体育館の避難所では米沢の支援は手厚いと聞いた。



☆第2部はこちらからご覧ください⇒
http://kizuna.yamagata1.jp/modules/d3diary/index.php?page=detail&bid=248
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